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  湯俣〜北鎌尾根〜槍ヶ岳〜双六〜湯俣

2001年 8月11日〜15日

 面 小山 なかむら ゆりわさび 榎本
(高瀬ダムサイトでパッキングの調整。さァ入山だ)

11日、高瀬ダムからとぼとぼ歩き湯俣に着く。湯俣から千天出合を目指し、沢靴でじゃぱじゃぱしながら進む。
(どんな山旅になるんだろうか)

(硫黄臭の立ちこめる河原。イワナはいそうにない) 

                 (北鎌の末端が見えだした)
小屋番の人から聞いたように水位も低く、渓登りとしては問題な点は全くない。
硫黄の臭気が立ちこめ、川そばには植物らしいものも生えず、死の沢という感じだ。
時折、白く焼け付いた所から硫黄をふんだんに含むと思われる鉱泉が流れ出している。
川の水自体は変色もなく生き物の住めない死の川には見えない。
さしたる特徴もなく(特徴と言えば滝さえないことが特徴かな)、千天出合にたどり着く。
さすがに臭気もなくなり、渓登りらしくなってきた。
つるつるに磨き込まれた10m二段滝。長年風雪に磨き込まれた結果だろうか。
千天出合あたりからポツポツ降り出した雨も激しくなってきた。
(滝らしい滝が現れる) (磨き込まれた10m二段滝)

(ようやく沢登りらしくなってきた)

時折先行パーティーの後ろ姿が見えるが、こちらは沢装備。先行する人たちは登山靴であっという間に追いつく。
最後尾についた人は見覚えのある人。お互いに目を凝らすと、雪崩の講習でお世話になってる倉敷の労山の後藤さんだった。
思わぬ出会いに軽く立ち話。雨の沢で長話もできず、話もそこそこに進む。
途中、糸を垂れたがイワナはいず。北鎌沢出合手前で沢は伏流するが、ぎりぎりのところで泊とした。
たき火に当たりながら疲れをいやした。夜、タープの張り方を失敗し、水のたまる欠陥状態。夜中の補修は眠かった。
(焚き火はイイヨ)

12日、嫋々と小雨の降る中、ベースを少しでも進めるべく出発。多くのパーティーは沈殿だった。北鎌沢に入り、突き上げるような急登をじりじり稼ぎ、水の切れる前にたっぷり詰めて北鎌のコルに出た。
(じりじり高度を稼ぐ)(ガンバレ〜)

(コルは近そうだ)

                  (コルに到着)

この先は風の少ないテン場が見込めそうにない。

(北鎌のコルでタープを張る)

昼過ぎ早々に宴会モードとなる。5人では余る大きなタープをテントのように形で張ると、風も抜けず非常に暖かかった。夏はタープに限る!!てなことを言いながら、痛飲。うたた寝の後、ラジオの予報に耳を傾け、コキジに出たら星が瞬きだしてた。明日は晴れか?
期待の中就寝した。

(うたた寝後)


 
この日のレポートはゆりわさびさんが書いてくれました。
                (好天に守られた一日になった) 
13日、前日の雨が嘘のような晴天となる。    
 朝5時出発。ハイマツの繁る急登をよじ登る。(急登!!)
  (背後は北鎌末端方面)

千丈沢を挟んで、赤い山肌の硫黄尾根、その
奥に今日の後半歩く予定の西鎌尾根が望める。
やがて前方に威風堂々とした独票の姿が現れる。
            (さあ独標だ)

その手前のコルで雪渓を発見してペット
ボトルに詰めて水不足を補う。(雪渓の水。喉にしみこむ)

独標直下、千丈沢側に巻道があるが、直登コースを選んで
進む。まず一度このコースを歩いた事のある
面さんが先行してロープを張って登る。その
頃から緊張とルートファインディングで登は
んに集中する。
(独標基部)

(基部を抜けた。ここから核心)

              (いつもと顔つきが違う!!)

(核心を抜けた。この表情!)

(もう少しで独標頂上)(ガンバレ、ガンバレ!)

(あと一息)

独標からは、槍はまだ遥か遠い。
独標を下って巻道に合流してしばらくして、道が急に途絶える。
(独標に立つ)

            (独標からの槍)

(ガレたルート)
    (踏み跡が消えた。ルートを偵察)
(槍は遠い) (ガレをじりじり行く)
どうも先年の地震で
崩壊したらしい。上部にルートらしき物があ
り、岩を直登し、残置ロープに頼り、微妙な
トラバースをして続きの道につなげた。やがてガレた岩屑の斜面を浮石に気を付けながら登ると北鎌平、ここまで来ると憧れの北鎌ルートも後少しの踏ん張りだ。つい気持ちが弾んで、山頂までアッという間に感じた。
 (ようやく近くに。でもピークが見えるのはまだまだなんだよな)

         (西鎌尾根が近づいてきた)

 (は〜えらっ!まだかいな)

   (最後の腹ごしらえ)

                (来し方)

                           (ガスに煙る槍)

           (冬はすごいんだろうなあ)

(あと少し!)

PM1時30分とうとう山頂の祠の横に到着。みんなで握手、記念撮影を済ませる。一般ルートを見下ろせば人の行列で、今までの夢の登はんから一気に現実に引き戻された気分、すぐに下山を開始する。
             (ピーク!!)
      (問 さて、黄色いザックの横についてるものは何でしょう   解:シュノーケル)

 今日は西鎌尾根から双六小屋経由でモミ沢へ下って適当な場所をテン場とする予定だったが、途中槍平方面へ下りかけるというアクシデントを含めて、かなりのロングコースとなり、双六小屋に着く頃には、空に大粒の星
が瞬いていた。双六小屋はそのテン場も含め一大タウンに思える程の賑わいだった。
 PM7時30分、長い一日が終わった。
その日は夕食もそこそこにシュラフにもぐりこんだ。
 最後に、憧れの北鎌をスケールの大きな沢がらみで例会に組んで下さったリーダーに心
より感謝!色々な面で私をサポートして下さった同行のメンバーに多謝!


 14日。朝ゆっくり食事。青々と晴れ渡る中の鷲羽岳が力強い。
喧噪の双六小屋に背を向けた。
昔、縦走に終始していたころは、登山道から離れることなどもってのほかで、イコール遭難という意識が強かった。
が、今となっては、登山道から逃げるようにして下る。
山人になったかように錯覚し、悦に入る。まもなく水が出て、枝沢からしっかりした流れに出た。
振り返ると空は濃青。湿度の少ない高気圧まっただ中か。
悪天など考えもしなかった。順調に高度を下げ、湯俣川本流に出た。
(双六の朝。今日も天気はいいぞ!?)

(思い思いに下っていく)

 (小屋をあとにする)
 
  (思わずイェ〜イ)

(稜線も見納め)

                (どんどん高度を下げる)

(モミ沢唯一の滝らしい滝)
 
出合は鉱毒でか、部分部分、岩が赤く焼けていた。ザックをデポし上流に向かう。腰には十年来の相棒の竿が。はやる気持ちを抑えつつ沢を登る。ついにイワナの魚影を発見。竿を出し、しばらく釣り上ったが予想外に不漁。あきらめ、デポ点に戻る。小山さんの27cmが最大。一部を料理。鷹のツメが多すぎたセビッチェ(酢じめのライム添え)にする。少し欲求不満。しかし、時間だ。足を湯俣に向ける。今日は晴嵐荘でカンパイだ。ところが歩き出してまもなくイワナの群遊を発見。もうだめ。水中眼鏡で確認する。冷たい水中で寸音を強く感じるが、目の前の勇姿に食い入る。水中の物は大きく見えるものだが面構えは親方級のイワナたち。メンバーに懇願し竿を出させてもらう。瞬く間に30cmオーバーを含め、尺足らずが7匹上がる。大漁だ。

(天空にわかにかき曇り、雷雨となる)
さすがに時間切れ。いつの間にか曇天になっていた。急いで下り始めるとポツポツ始まった。すぐにきつい雷雨に。雷と大粒の雨。轟音とどろく中、先行してもらった小山・湯浅・面組に追いつこうと急ぐ。しかし、追いつけない。なんと早いことか。大岩をずり降りるようにするがまだ背中は見えない。沢は徐々に増水を始める。なかなかの滝もあり遡行図をつけたかったが余裕はない。硫黄沢が右から合流。茶褐色の奔流が流れ込む。まずい。沢床が見えなくなり、渡渉が大変だ。しかし、思いと裏腹に沢はそこから見事に泥色に。渓は混迷の度合いを深めていった。リーダーとしての判断の甘さも手伝いじりじりした気持ちになる。両岸はぼろぼろに崩壊しながらも、100m以上はあろうかという側壁。黒部上廊下に引けをとらない。いかんせん、川は泥流。へつりながらひどいガレ場や河岸段丘を登ったりしてるうちに先行グループに追いつき、小休止に。雨もようやくあがる。典型的な夕立だった。時間は4時近くで行程半ばと言うところだった。しかし、ビバークするにも水はない。水は溺れるほどあるのに、ない!!沢は硫黄がとけ込み飲めたものではなく、時折流れ込む枝沢も口に含むが舌をぴりぴりさす。ビバークは不可能。それとふがいないことに頭の中は湯俣のビールでいっぱい。"ナントカ湯俣マデイキビールヲ・・・"少し不謹慎か。

 (夕立の後、谷は泥流に)

(まだ先は長いんだよな)(夕立もやむ。ようやく一息)

                 (ルートの相談。見た目より恐〜い渡渉)
ついに行き詰まる。渡渉だ。泥色の沢の渡渉の経験はない。座頭市のように足を進める。全神経は足先に。沢床の凹凸、岩を感じとる。普段の何倍もの時間と神経を要した。スクラム渡渉でしのいだりもした。決して水量は多くないが疲れる。今日湯俣に着くのだろうか。何度も渡渉を繰り返すうちに、ひやっとすることもあったが泥流の沢を乗り切る感覚をつかみだした。読図を繰り返し、湯俣までの時間距離が予想できるところまで来た。すでに6時半だが、1時間少々で着くはずだ。時間の経過とともにみるみる減水。相変わらす側壁は屏風のようだ。

途中、左岸に飲水可の水を発見。リーダーとして迷うが、メンバーの技量・体力・装備を考え下山を続行した。この判断については考えることが多い。そしてついに薄暮に包まれだし、7時半に噴泉塔に到着。ようやく湯俣までは指呼の距離となる。漆黒に包まれだしたころ、煌々と灯った湯俣が目に飛び込んできた。導かれるようにたどりついた。

 (地獄のような谷)
晴嵐荘でお湯につかれた。骨の髄までしみこむとはこのことで成分の濃いお湯は長きにわたり脳裏をよぎりそう。もちろんビールを迎えた喉は鳴りっぱなし。イワナの刺身、イワナの天ぷら、イワナ丼で満腹となる。外には、十六夜の月が光っていた。明日は晴れ。湯俣川をほとんど味わえなかった。沢旅としては完成度の低いものでゆとりが必要と反省。湯俣川自体は、地獄を感じさせる硫黄など日本離れした風景が味わえた。


            (湯俣での朝。残った食料を食べまくる)

(撤収途中のねぐら)

                        (はるか遠い)

       (4日前に通ったダムサイトをトボトボ歩く)

                 (ごくろうさまでした!!)



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