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■2004年9月2〜4日
■白山 大畠谷右俣〜開津谷(下降)
■青山・馬上・米田・西嶋・榎本

きつい切れ込みの大畠谷は、要所に険を配した雪国の峻渓だった。時折見せるぼろぼろの沢筋では絶えず緊張を強いられる。その果てに迎えてくれる二俣の大伽藍。ここに身を置ける幸せを感じた。右俣ゴルジュ上部はつるつるの垂瀑を連ねるため左岸トラバースに終止したが、偉観を足下にする。高巻き以上の何かを感じるはずだ。開津谷は一部の連瀑を除けば難しいところのない下降路にお勧めの沢。

来年の台湾メンバー(所属バラバラ)でどこか厳しめの所に行こうと考え、台風直後の朝日連峰の渓を避けて白山大畠谷を選ぶ。今回の目的は、顔合わせから、メンバーの体力・登擧力・ザイルさばき・生活技術などすべてを見たいという欲張りなものであった。雨の中「大畠谷」とある橋の手前から降りる」。平水の中しばらくはゴーロ歩き。台風の影響はないようで一安心。たまにV字に起立する谷に大きな滝もなく順調に進むが、それにしても深さのあるすばらしさを予感させる谷。





しばらく行くと2段25mの滝に出た。一段上がってとりあえず釜をへつって左岸に取り付くが見た目のやさしさとは裏腹の逆層で手こずる。瀑水を浴びながらハーケンを打とうにもリスがなかなかなく、時間もかかりそうで断念。体が冷え切った。今度は右岸から上段中ほどの滝裏を左岸にトラバースし、ガレガレのルンゼを登っていく。後続が滝裏トラバースをしてる間にルンゼにザイルを伸ばす。ほとんど人も入らないのだろう、ホントにひどいガレで、一歩毎に落石が起きる始末。根の上にある50cm大の石に左足を仮置きしてすぐに右に体重を乗せたが、瞬間音もなく大きな落石が始まった。50cmの石が待機する後続に一直線に向かっていた。「直撃は免れない」「とうとう大きな事故を起こしてしまった」「ルンゼ下に入るなと指示をしっかりしとけばよかった」など瞬時に駆けめぐった。「ラークッ!」から危急を察知した下のメンバーが回避行動をあわててとっているがとても逃げ切れるスピードに見えない。どう見ても致命傷に至る大きさだ。ところが、普段の行いがいいのか、それとも悪運が強いのか、幸いにもメンバーの目の前にある岩にあたり、四散。その破片で一部軽傷を負ったようだが大事には至らずに済んだ。本当に本当に幸運だった。上からはメンバーのすぐそばに落ちて砕けたように見えたが実は少し上の岩に当たったとのことで、下にいたメンバーよればそんなに悲惨な状況でもなかったとのことだが・・・。それにしてもメンバーに向かって一直線に落ちていく映像は当分忘れられない。ルンゼ上部の右に後続を迎えられるスペースを見つけて終了点とする。50mがほぼ伸びきったようだ。後続も落石を起こしながら徐々に到着。その時間の長く感じたこと(実際に長くかかったのだが・・)。がたがた震えながら待つ間、降り続ける雨が恨めしかった。ザックを置いてきたのでセカンドの青山さんがレーションを恵んでくれる。女神だ。カロリーを入れると少し落ち着いた。ラストも来てホッとする。後続のケガの程度を確認すると軽いすり傷がある程度で大丈夫とのこと。この頃には雨も止み、尾根まで上がり大きく巻くことに。下降気味にトラバースして最後は懸垂で連瀑帯をやり過ごした。その後も難場はどんどん出てきた。滝裏を左上して抜ける時に、青山さんが瀑流につっこみ、もがいていたのは少しあわてたし、5〜8mの3連瀑をかわすのに左岸を低く低く馬上君がトラバースしたのは見事だった。悲しくも私は滑った・・・。
瀑水でもがく

厳しいトラバース

その次に現れた7〜10mの3連瀑を右岸リッジから大きく上がり灌木トラバースとなったが、なかなか渋いルートだった。ザイルを出すとやはり大人数のため時間を大幅に食う。時間も18時を回り、暮色濃くなる中、圧倒的なゴルジュの中を足早に進む。何と右岸のやや高い所に奇跡のような砂地があった。のぞきだした晴れ間と予報を信じて幕場とする。薪集めの後、夕餉に取りかかる。ビリー缶をみると、大きく凹んでいるではないか。「貴重なビリー缶が!」と一瞬思ったが凹んだ原因は落石の衝撃はず。メンバーの身代わりになってくれたんだと思うといとしさも出た。それにしてもすさまじい衝撃だったのだろう、なんと三段入れ子の一番内側の奴まで変形していた。落石注意のモニュメントとして戒めていきたい。夕食後、焚き火が酩酊を助勢してくれだしたころ、雲のなくなった空に有明の月が出てきた。輪郭のはっきりした秋を思わせる光り方だった。明日の快晴を願ってツエルトに潜り込む。
翌朝快晴。歩みを進めるごとに濃青の空間が広がっていく。二俣の大伽藍が近づきつつあるのだろう。35mの大きな滝は右岸をあっさり低く巻けた。
35m


その後、起立したゴルジュながら楽しみの範疇に過ぎない小滝ばかりをいくつか越えると異形の空間に躍り出た。突然だった。濃青をバックに行き場をなくしたかのような有明の月が稜線上に浮かんでいた。本当はここに泊まりたかったのだ。時間切れが惜しまれた。何張りもタープが張れる空間には雪渓はほとんど残っていなかった。みんなもシャッターをどんどん押している。



      

右俣ゴルジュ入り口

右俣ゴルジュ。突破できる??
あまり時間の余裕はないので小休止での出発。右俣ゴルジュ入り口の滝は右岸へショルダーで上がり、トラバース。沢筋に降りると10mのチムニー滝。登れそうだが、その向こうは絶望的。時間もないことだし、おいでおいでをしている左岸に取り付く。大高巻きになるだろう。やはり
高巻き1ピッチ目

3ピッチ目のトラバース

4ピッチ目のトラバース



ここも落石を起こしながら、ヤバイ石を掃除しながら登る。一歩毎に浮き石を投げる始末。
2ピッチほど垂直方向に上がり、2ピッチのトラバースで松のあるリッジに着く。照りつける太陽で汗がにじんできた。この大伽藍の二俣以外は雨や曇りだったのはやはり悪運が味方してくれてるのか。さらに1ピッチで灌木帯に入って懸垂で沢床へ。水が旨かった。空には鰯雲が出ていた。約4時間に及んだトラバースを終えるとそこからは難場もなく詰め上がって行った。少しヤブを漕ぎ、14時過ぎに稜線に出た。予定していた瀬波川は時間的に無理。2人ならこの時点でも下っていたろうが・・・。開津谷の下降に切り替える。若干の高巻きを交え、どんどん下ると予想通り開津谷二俣にもすばらしいテン場があった。

  開津谷から右岸を見る。この岩山の向こうに大畠谷の二俣がある


16時前の到着。夜を迎える準備にとりかかる。雲量が増えてきた空が気にはなったがゆっくり飲めた夜だった。
ホテル開津谷

翌日、雲量がさらに増えて曇天。晴れの予報が恨めしい。開津谷の下降は飛び降り的なクライムダウンもあったが、おおむね容易。連瀑帯は右岸から若干大きくはあったが難なく巻けた。魚止めの滝は懸垂で下る。登るとなると滝の落ち口が渋そうだ。
開津谷魚止の滝

まもなく出た人工物の法面で沢旅の終わり近くを感じる。まだ8時過ぎ。結婚祝いで美濃の松原邸に行くことなっているが、こりゃ早過ぎるなあと思っていると青山嬢がすかさず、「時間あるしどこか行きましょうよ」とのたまう。「一瞬耳を疑った」とは馬上君の談。焚き火をしたり、その辺の岩でボルダーに興じてもらったりと、何とか他に入渓するのが無理な時刻まで引っ張る。岩魚を供せるかもと傍らで馬上君のもつれた仕掛けをほぐし続けたが、ほぐれようもないだんごの糸だった。
団子の糸はほどけるか!?

10時も回り、下降を開始。まもなく桂湖に。湖岸をトボトボ歩いていると雨が落ちてきたが、何と運のいいこと。舗装された湖岸をトボトボ歩くのがいい加減いやになってきた頃、トイレ脇にザックを残して空身で車に向かった。車に着いたときには沢臭さを流せるとも思えるほどの雨になっていた(そんな雨はありえんか・・・)。


遡行時間 
1日目 入渓点―約11時間―35m滝手前
2日目 幕場―約5時間―右俣ゴルジュ上―約3時間半―開津谷二俣(泊)
3日目 開津谷二俣―約2時間半―桂湖(大休止を除く)
  上記の行動時間は5人という大人数の行動なので参考程度に

遡行情報
○あのひなびた平瀬温泉が来年3月まで。4月からは新しい温泉が国道筋に新規オープンとのこと
○開津谷は下降路として使える

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