沢の環境問題でできること〜トイレ〜

 よく取りざたされる環境問題について。
「沢には入らないのが沢のためには一番いい」と首を小さく振りながらたしなめられたことがあります。ヒューマンインパクトをそこまで敷衍するなら、管理された公園の脇道からそれることさえ許されないのではないか。ヒューマンインパクトについての議論はここでは控えますが、マタギたちがどれほど自然を痛めつけたでしょうか?昔の木こりたちがどれほど森林を破壊したというのでしょうか?要は共生でしょう。嫌、それさえもおこがましい。根本的には自然に生かされている人間です。自然に入り、その荘厳さ、尊さ、すばらしさを味わい、より自然にとけ込めるいきものになりたいと考えてます。自然にとけ込もうとする人ほど、自然のことを大切にしようとしていると感じるのは私だけでしょうか。野生のサルと化すか、はたまたネアンデルタール人に戻るか、ヌラリヒョンと進化するか。
 次に、最近雑誌上で賑わしているトイレの問題です。ひどいのが紙。私は、キジ紙を焚き火かライターで焼却処分。まあ、モノについては動物と代わらないレベルなんで容赦をして欲しいんですが。。。ただこれも、水流から離れる、浄化が早くなるように埋めるなどは基本です。
 モラルとしての環境問題をもう少し。ひどい汚れを感じるのは、一般登山路で、紙は当然ながら、アメやチョコの小袋が落ちてるなんて日常茶飯事です。登路の少ない有名ルートも幕場が集中しやすく、紙で足の踏み場が無いという惨状を見たことがあります。登山者資格制を設けたいほどです。ゴミを捨てることに何も感じない不感症は入山する資格はありません。意外にひどいのが、林道沿い。悪徳業者の持ち込む量に比べると少ない廃棄物が少なからず点在しています。林道開削に従事する人か、木の切り出しに携わっている人かは知りませんが、飯場近くやゲートのある林道奥。工事関係者でないと捨てられないと思われるこまごまとした廃棄物。なんとかならないものでしょうか。あとは私もその出身である釣り屋の捨てるゴミです。これもひどい。彼らの一部にはモラルなどという物はないんではないとさえ感じることがあります。せめてタバコの吸い殻ぐらいは持ち帰れないものかと思います。タバコを口にした岩魚を釣りたいことはないはず。人が見てなければまあいいじゃないかというあさましい国民性。我ながらつくづく嫌になります。そういう人間は蔑視してもよいのではと思いってしまいます。子供なら悪いことをすれば叱られます。オトナは・・・。色々憤りながら書きましたが、これを読んでくださった方が一人でも、ゴミをポイッとするのが少なくなったり、キジ紙をライターで消却してくれるようになってくれれ望外の喜びです。自然に入る人ほど、自然を大切にするのでは?

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